認知症の叔母と桜見ドライブ
今年の桜は満開の時期がいつもより少し遅かったような気がします。
けれどそのおかげで、仕事のない日に認知症の叔母を連れ出し、桜見のドライブをすることができました。
その日は気温が高く上着がいらないくらいでしたので、桜見日和そしてドライブ日和でもありました。
アルツハイマー型認知症の叔母は昨年80歳になりましたが、他に持病がないため身体はとても元気で、ホームの職員さんが頻繁にお散歩に連れ出してくださっているようです。

市内には桜並木があちらこちらにありますので、思いつくままに車を走らせ、ほぼ満開の桜を堪能しました。
叔母も、「わぁ、綺麗ね!」と喜んでくれました。
ドライブのあとはカフェに入ってアイスクリームを食べました。
普段、施設では甘い味のおやつは出ても、アイスクリームは出されていないようでしたので、アイスクリーム好きの叔母は嬉しそうに食べていました。
かれこれ2時間ほど外出をしたでしょうか。
そろそろ帰りましょうと車に乗せてホームに到着。
車から降りた叔母は、ホームの建物を見て「ここはどこ?なんか来たことある気がする。」と言います。
「ここが今のお家でしょう。」と言うと「そうだったっけ??」と不思議そうな顔をします。
ホームの玄関まで迎えに出てくれた職員さんが「桜はたくさん見ましたか?」と問いかけると叔母は
「さくら??見てないわねぇ」と答えました。
私と職員さんは「あらら・・・」とコケて見せましたが、本人はまたまた不思議そうな顔をします。
「晴れてよかったですね、ではお部屋へ行きましょう。」と職員さん。
私が「じゃ、また来るからね。」と叔母の手をにぎりましたら、叔母はニコニコと「うん、また来てね」と言って手を振って見送ってくれました。
これらが認知症の症状だということはわかってはいるものの、過去の思い出も現在の楽しい出来事も、なにひとつ共有できないということにさみしさを感じずにはいられません。
母と一番仲良かった妹である叔母とは、母の生前には母も含め一緒に様々な場所へ旅行し、買い物や食事も楽しんだものでした。
ところが今の叔母には、ついさっきの記憶も、また、過去の記憶も殆ど無いようです。
記憶が残っていたとしても、会話が成立しないのでこちらからの問いかけに対して適切に応じることができません。

叔母が認知症になってから、初めの頃は戸惑うことばかりでした。叔母もまだ、それほど症状が進んでいなかったので、できていることの方が多かったのです。
しかし、徐々にできないことが増えていくことに対してショックもありましたが、少しずつ受け入れるしかないと自分に言い聞かせてきました。
会話が成立しない、叔母の口から出る話は支離滅裂。それでも、受け入れていくしかありません。
この先どうなるのか、私が先にこの世から去ってしまったら叔母はどうなるのか、私もこの先認知症になっていくのか・・・考えないわけではありませんが、一方では「考えても仕方がない、なるようにしかならない」と。
叔母も私も特に大病をせず、あちらが痛い、こちらが痛いということもなく暮らせていることに感謝しつつ、日々を過ごしていくことにします。
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